中国・福建省 厦門

厦 門
 福建省泉州の泉州バスターミナルから厦門(アモイ)へは、厦門(鉄道)駅にも近い梧村長距離バスターミナルに向かうのが便利である。約1時間半の行程である。ホテルのチェックインの時に、てこずったのが「アモイ」である。仲良しになった若い支配人が教えてくれたのだが、ここでは「アモイ」と言わずに「シャーメン(Xiamen)」と言うのが一般的だそうだ。中国語の「厦门」を中国語の発音で読めば「シャーメン」なので、そう呼ぶそうです。当たり前のことでした。でも、ここは一つ、漢字(日本語?)の厦門で通させてください。
 1984年、コロンス島を含む厦門全島が経済特区となり、その結果、華僑資本を中心とした外資が進出し、また日本人ビジネスマンも散見される。台湾海峡に開けた美しい港町で、港町ではないが漁村で育ったせいか、潮の香りが懐かしく、日地人の表情や街の雰囲気が、何となく身近に感じられる。

厦門市内から観光開始
 几帳面な性格?なので、今回は市内の南側から北上することにした。スタートは南海岸にある『胡里山砲台』である。1891年(清の光緒17年)から建設が始まり5年後に完成した。ドイツ製のクルップ砲1門が銀で約2.2トン(6万テール)といわれても、 私には 「テールは 、中国の旧制通貨単位の「両 (リャン)」 の英語読み 」 ぐらいの知識しかなく、 にわかには理解できない金額である。教科書によると、日清戦争後に日本に支払われた賠償金は、(後に増額されたが)、中国の通貨で2億テール、当時の国際的な銀価格に換算するとおよそ3億円ということなので、 結局、クルップ砲1門が 概算で9億円になる。当時の日本の国家予算は8000万円という時代ですから御想像下さい。
 砲口直径;280ミリメートル、砲身全長;13.9メートル、射程距離;約16キロメートルの大砲で、当初は2門あったが、今残っているのは1門のみで、現存する世界最大の海岸砲としてギネスにも載っている。
 物珍しいものなので私も含めて皆さん、触っている。

胡里山砲台入口。1891年(清の光緒17年)から建設が始まり5年後に完成
胡里山砲台指揮所
ドイツ製280ミリメートルのクルップ砲

 『胡里山砲台』から美しい厦門港を左に(南側に)見ながら環島海浜遊歩道を西へ向かうと、『厦門大学』が見えてくる。 文系から理系まで20学院(学部)58学科があり、生徒数約3万人の綜合大学である。マレー半島におけるゴム業で財をなしたシンガポール 華僑 のゴム王 『陳嘉庚(タン・カーキー)』 氏により 、1921年に創設された。校内には 廈門大学創設への貢献を称え、 銅像が建てられている。また、訪ねることはできなかったが、郷里である福建省・厦門の開発事業や教育に多大の功績を残したことを称えて、生まれ故郷の集美村に彼が眠る『陳嘉庚紀念勝地』と名付けられた総面積17万平方メートルに及ぶ公園がある。
  厦門大学の集美楼2階に『魯迅紀念館』がある。魯迅が1926年から5カ月間、厦門大学で教鞭をとっていた部屋を利用して1952年にこの記念館が創設され、直筆原稿などの業績、机、ベッドなどが置かれている。 

『廈門大学』。 1921年に シンガポール 華僑 の実業家 『陳嘉庚(タン・カーキー)』 氏によって創設された
廈門大学の校内に建てられた陳嘉庚の銅像
中国で最も美しい大学と称賛されている 厦門大学 。ここの集美楼2階に『魯迅紀念館』がある

南普陀寺
 厦門大学から500メートルほど北へ向かうと、『鷺島名山』の金文字が記されている山門が見えてくる。唐代に建設された仏教寺院『南普陀寺』の山門である。厦門には白鷺(さぎ)が多く生息していて、かつて、この地は「鷺島」、「鷺山」という名称で呼ばれていたそうで、その名残である。
 『南普陀寺』も初名が『泗州寺(ししゅうじ)』であったが、四大仏教道場の一つ普陀山(浙江省)の南にあることから、清代に「南普陀寺」と名づけられた。
 南普陀寺の色鮮やかな屋根には、『脊獣』または『走獣』と呼ばれる龍のような色彩豊かで繊細な飾りが付いている。 魔除けや火除けの意味を持っている。 建物の格によって数が変わるそうだが、屋根の先端を構造的に保護する役目も果たしている。
 なお、このお寺には、華南地方で唯一の仏教専門の大学が併設されている。

唐代に建設された仏教寺院『南普陀寺』の山門
三門の入口に向かって左手の狛犬。『香港徐水珍女士敬献』の金文字が彫られていた。厦門出身の華僑の方の寄贈だという
『天王殿 』
『天王殿 』 の屋根のアップ 。『脊獣』または『走獣』と呼ばれる色彩豊かな飾りが付いていて、 魔除けや火除けの意味を持っている
韋駄天が持っている独鈷(どっこ)と呼ばれる杖が地面に付いていると、食・住のふるまいはできず、独鈷を担いでいるような韋駄天のお寺は、3食付きで泊めてくれるそうだ
大雄宝殿
捕えた魚類などを放してやるために設けられた『放生池』
南普佗寺多くの名所旧跡がある五老峰の麓に建っている。岩に「五老峰」や「佛」という文字が彫られていて、カメラのフラッシュを浴びていた
高さ4メートル、幅3メートルの大きさの金文字「佛」が刻まれた岩

先人に学ぶ
 さて、次は、11層の南亜仏教建築風の『万寿塔』と呼ばれる細身の石塔である。柵を巡らした基壇も豪華な造りのせいか、石塔自体が一層気品ある姿に見える。私の一種の職業病みたいなもので、地震などの外力 に対する構造的な力学について考えてしまう。技術的情報が得られなかったのでご説明のしようが無いのが 残念である。
 話が飛んでしまいますが、『免振構法』 についてご存知でしょうか?工学的には近年実用化された技術なのですが、建物と地盤との間にクッションの役割をする免震装置を取り付けて、地震による建物の揺れをできるだけ吸収する技術です。色々な免振装置がありますが、 私が 微力ながら研究開発に参加した『免振アイソレータ』については、各種の工学論文は別として、本ブログに『旧旅行記』-『科学エッセイや論説』-『5縁切り 』と題して新聞に掲載した記事があります。
 ここは、『旅のエッセイ』の場なので、技術的考証は避けますが、皆さんへの宿題として、「 免振構法の基本哲学は、『法隆寺五重塔』の建築技法にも見られる」と言ったら驚かれるでしょうか?
  『万寿塔』 から『法隆寺五重塔』 を連想して書いてしまいました。

11層の南亜仏教建築風の見事な 『万寿塔』と呼ばれる細身の石塔。柵を巡らした基壇も豪華な造りである

華僑博物館から中山路
 
最初に、厦門には華僑資本をバックとした経済人が多いと書いた。多くの成功者が寄付を集めて建設した『華僑博物館』は、その歴史について詳しく展示してあり、とても勉強になる

華僑博物館
華僑博物館で展示されていた華僑の人達の航海を示した地図
戦前、華僑の人達がシンガポールに向かう時に乗った舟の模型
北米での金採掘風景
映画の看板「漁光曲」
展示されていたピアノ

 博物館から海岸に沿って歩くと、思明南路から思明北路へと繁華街が続き、最も賑やかな中山路につながる。食堂を中心とした出店が続き、唾を飲み込みながら夜遅くまで楽しむ。ここまで南下すると、中国という国家、南北で食文化が異なることを実感する。今、すぐにでも出かけたい、もちろん、北も、南も。

厦門郊外のコロンス島へ
 日をあらためて、アモイ島からフェリーで約5分、コロンス島(鼓浪嶼)に向かう。1842年の南京条約による厦門港の開港後、1902年にコロンス島は共同租界地に定められ、島内には列強が次々に領事館を開設した。それに伴って多くの外国人もここに住みついたので、当時の欧風建築が現在でも数多く残され、「万国建築の博物館」と呼ばれている。また、その美しい景観から「海上名珠」、単位面積あたりのピアノの 普及率が高く、著名な音楽家が輩出したことなどから「ピアノの島」、「音楽の島」などと呼ばれている。
 面積1.78平方キロメートルと狭いので、島内の主な見どころを歩いて巡ることができる。急ぐ方は、旧アメリカ領事館と旧イギリス領事館近くにコロンス島観光電動カートの発着場があるので利用されると良いと思います。
 もう一つ。コロンス島内にある5つの見どころ(日光岩、菽荘花園、晧月園、コロンス島風琴博物館、国際刻字芸術館)の共通入場券「鼓浪嶼核心景点套票」が個々に入場券を買うよりも35元割引の100元で売られていてお得である。

コロンス島フェリーターミナル
急ぐ方には島内観光用の電動カートが用意されている
大きな通りの表示には方位が付記されている。福州路を南に進むと、『コロンス島風琴博物館』に突き当たる
見どころを限定した100元の割引チケット
コロンス・コンサートホール(音楽庁)音楽庁

コロンス島風琴博物館
 『八卦楼』はコロンス島を代表する洋館である。『鋼琴博物館』のピアノを提供した胡友義氏は、実は『風琴博物館』のオルガンも寄贈している。入口の正面にある高さ6メートルのパイプオルガンは、20世紀に製造されたパイプオルガンの傑作と言われている。1909年製造の英国製である。自動演奏、鏡付きなど珍しいオルガンも展示されている。
 この原稿は、2014年訪問時のコロンス島の印象を2019年に書いているのであるが、私にとってのパイプオルガンの音(演奏)の初体験は、1979年英国の『カンタベリー寺院』で聴いたものであり、演奏会として聴いたのは、1993年パリの『ノートダム大聖堂』で娘二人と聴いたものである。これは、ある研究分野の国際会議で会議の行事として行われたもので、会議の研究論文の発表者やその家族しか参加できず、一般人は参加できない催しものであった。まだ記憶に新しい2019年4月15日から16日にかけて、フランス・パリのノートルダム大聖堂で起きた火災で一部が崩壊したとはいえ、多くの方々は大聖堂の中に入った経験がおありでしょう。あの強大な石の建物がパイプオルガンの重低音で揺れるのである。その凄まじさ、感動については何も語らない方が良いでしょう。日本人がこの世界会議で受賞したことも言わない方が良いでしょう。

八掛楼
コロンス風琴博物館
世界最古の風琴

日光岩
 コロンス島の最高峰(92.68メートル)である『日光岩』は、人気の観光スポットである。この日は曇っていたので海も灰色に見えて残念であるが、『日光岩』から見下ろしたコロンス島と海の景色をお楽しみください。
 遊覧区の北側には美しい洋館『鄭成功記念館』がある。

日光岩
龍頭山の東麓に位置する日光岩寺
頂上まで行く間に刻石がいくつかあるが、「鷺江第一」が有名
円通之門
地蔵院・鐘楼
円通禅寺
竜頭三塞遺跡
『日光岩』から見下ろしたコロンス島と海。曇っていた
鄭成功記念館

菽荘花園
 1913年に台湾の富豪林爾嘉によってコロンス島の南部に造られた庭園で、1956年に所有者から国へ寄付された。藏『蔵海園』と『補山園』という2つのエリアに分かれており、十二洞天、四十四橋などが人気である。明代の建築様式に西洋の色使いを重ねた独特の洋館が海に臨むその姿は、いわゆる中国庭園とは趣を異にするが、独特の美しさを感じる。
 園内にはピアノを専門に展示する中国唯一の『ピアノ博物館』がある。音楽家であり、ピアノの収集家でもあったコロンス島出身の胡友義氏が提供したピアノを中心に、世界各地の有名なピアノが多数展示されていた。我が家の音楽ルーム( or オーディオ・ルーム)の三分の一のスペースを占領している国産のセミコンサートもなかなかいい音を出すが、ここのそれは、音を出すことができないので、眺めるしかない。

菽荘花園
四十四橋
コロンス鋼琴(ピアノ)博物館
コロンス鋼琴(ピアノ)博物館

晧月園
 台湾を占拠していたオランダ人を追放するなど、民族の英雄である「鄭成功」を記念するために作った公園である。本ブログの「中国・福建省 泉州」にも登場した日本人を母とする泉州出身の軍人である。海岸には、高さ15.7メートル、重さ1617トンの花崗岩でできた巨大な彫像がある。陸上からは背中しか映らず、船に乗らなければ巨大な正面の姿はカメラにおさまらない。

鄭成功を記念するために作った彫塑公園
海岸にある高さ15.7メートル、重さ1617トンの花崗岩でできた巨大な「鄭成功」の彫像