中国・四川省 成都郊外(2)~黄龍渓~

黄龍溪
 成都の南40キロメートルに位置する『黄龍渓(こうりゅうけい)』を訪ねる。ここは、219年(後漢の建案24年)に『武陽』として築かれ、その後宿場町として発展してきた。黄龍渓(黄龙溪)という名前は宋代の名前で、清代では『永興場』と呼ばれ、『黄龍渓』に戻ったのは、中華人民共和国以降のことだそうだ。いずれにしても、1700年以上の歴史を持っている古鎮である。
 成都の新南門バスセンターから『黄龍溪バスターミナル』行きに乗車して、終点まで約1時間、12元であった。赤色で『黄龍渓』と書かれた大きな石が見えると、観光客に笑顔が広がる。「もうすぐだ」。バスターミナルで降車してから10分ほど歩くと黄龍溪古鎮が見えてきた。
 古鎮の入り口から入ると、すぐに古い民家が続くが、これらは古く見せかけた通りである。ここ『黄龍渓』ばかりでなく、私が訪ねた多くの古鎮に見られるもので、中国の人達は「模倣街」と言うそうである。模倣と聞くと寂しくなるので、急ぎ足で模倣街を抜けると、噴水や小さな遊園地などの人工的というか、今はやりのテーマパークっぽい風景が見えてくる。そうは言っても、古い『蜀』の時代の町並みが残る歴史的街であることには間違いない。
 パンフレットによると、ここ『黄龍渓古鎮』は、1986年に日本でも公開され、ヒットした映画『霊幻道士』のロケ地だそうだ。私はここをロケーションとした中国のTVドラマや映画を観たことはないが、その後も撮影地として使われたそうである。

黄龍渓
黄龍渓入口
双流県黄龍渓古鎮
中央に大きな鼎がある黄龍広場
四川省三都博物館
黄龍大劇院

食堂街
 食堂街という通りがあるわけではない。古鎮と言えば人が集まる。人が集まれば、食事をする、土産物を買う。ということで、料理屋と土産物屋がひしめいている「正街」を歩く。この地のソウルフードである『一根麺』はその名の通り麺を長く伸ばして、ぐるぐる巻きにした麺である。日本では『一本麺』と呼ばれることが多いそうだ。私が覗いた店では数人の分業制で作っており、頼むとすぐにできてくる。いつも通り、食事に関して細かいコメントはしないが、一言。「さすが中国。うまい」としか言いようが無い。日本人が豆腐を好きなことを知っているのだろう、必死に勧める。行きと帰りで2回も食べてしまった。
 気合が入っているおばさんは、大忙し。隣の店の、タライの中で泳いでいた魚がおばさんの声にびっくりしてタライから飛び出した。

地元のソウルフード『一根麺』( 1本のヌードル の店 )
分業制で作っている
人気の豆腐
商売熱心なおばさん
近くの川で採れた魚

鎮江寺
 賑やかな正街には、おばさん達の元気な掛け声を包み込むような静かな三つの古寺が佇んでいる。耳学問であるが、どの寺も水に関連し、航海安全や治水に関わっているそうだ。黄龍橋を渡って左側(北側)に見えるのが、『鎮江寺』である。境内のガジュマルの樹に紅唐辛子がぶら下がっていたのだが、これは信徒の平安無事を祈るためだそうである。

鎮江寺
鎮江寺
鎮江寺内部

古龍寺
 正街の東端に位置する『鎮江寺』に対して、『古龍寺』は、正街の西端に位置する。清代に建てられた300年以上の歴史を持つ、黄龍渓鎮では最大かつ最古の寺院である。境内には石彫りの龍がからみついている柱が目を引く。
 ここで、私も初めて目にした『三県衙門』について説明させてください。古龍寺の隣にあり、黒塗りをベースとした由緒ある木造建築だったので、「おそらく、公的な建物だ」と考えた。そこで、帰属は分からないが、腕章を付けたおじさんがいたので、無礼を承知で質問したところ、丁寧に教えてくれた。
 『三県衙門』とは、『県役所』のことである。『黄龍渓』は、かつて華陽・彭山・仁寿三県の県境に位置していたそうで、そこでこの『県役所』、すなわち『県衙門』は、“三県共用の派出所”とでも言うか、『県衙門』だったのである。ある意味、県の役所の壁もなく、合理的な組織だったのかもしれない。帰国後に調べたのだが、鎮内の紛糾事の調停(民事の管理)、府河に築かれた古仏堰の堤防の水利管理、鎮内外の警察権の遂行などを職務としていたそうである。
 南北両側に生えたガジュマルの大木は、樹齢約1700年におよぶこの街の象徴である。北の大木は根元に『黄葛大仙』を祭祀し、この木に触るだけで病気を祓うことができるという。これには、写真を拡大して見ていただけるとお分かりになると思いますが、『土地堂』と額が掛かっていて、いわゆる土地神様(とちがみさま)信仰の意味をもつようある。
 さすがに舞台にあがりはしなかったが、古戯台の前で歌う真似をして、写真を撮っていた人がいた。昔の人々は、この演台で演じられる踊りや歌を楽しんだのだろうか。

古鎮の趣がある通りの突き当たりが古龍寺
古龍寺の境内
黄葛樹(Ficus virens )。前の柱に石彫りの龍がからみついている
観音堂
ガジュマルの古木の根本には、土地神様が祀られている
大雄宝殿
三縣衛門(さんけんかもん)。かつて華陽・彭山・仁寿の三県の県境にあったことから、“三県共用の派出所”として機能していた
三縣衛門
三縣衛門の執務室
古戯台。宴台
府河(錦江)の船乗場。ここから鹿渓河をのぼって古鎮行船乗場で降りる。群英橋が近い
鹿渓河に掛かる群英橋。この西側に大仏寺がある
鹿渓河を行き来する手漕ぎの遊覧船。他に大仏寺へ往復するエンジン遊覧船もある
大仏寺
大仏寺羅漢堂の内部
大仏寺羅漢堂の内部

龍と豆鼓に弱い男達
 お寺の近くに、『千年龍風古樹』の標識がある。日本人でも読めそうな、そしてなんとなく由緒ある名前である。中国語なので私には分からないが、古ぼけた様に見せかけた標識に何か書いてある。ところが、何のことはない、木を龍の形に剪定しただけの見世物であった。お寺とは関係なく、近づいていくと、いきなりおばさんが現れて、便乗商売で2元。皆、怒っていた。このおばさん、並みの男では太刀打ちできない。片手をあげながら、「見学料と合わせて5元支払えば…」(と言っているようだ?)、私の横にいたおじさんの腕を引っ張りながら『豆鼓』を扱っている店に連れて行った。このおじさん、『龍』に弱いのか、『豆』に弱いのか、それとも気の好いおやじなのか、指を2本あげて小分けにした『豆鼓』二つで見学料と合わせて7元支払い、一つを私にくれた。計算すると、…、こういう場合は計算ではなく、笑顔で「ありがとう」だ。
 ところで、『豆鼓』であるが、中国では日常的な食べ物らしい。結構、いける。ついでながら、『豆鼓』と並んで写真でお見せしたような店も連なっていました。
 最後の最後に、もう一つ。“気が良すぎる?”のか、“美男?が好き?”なのか、このおばさん、私の『千年龍風古樹』見学料金を取るのを忘れていた。無料で見学はできるは、豆は食べられるは、面白いやり取りは楽しめるは、「あーあ、今日はいい日だ。楽しかった」。

龍の形のような龍樹
龍の形のような龍樹
『豆鼓』を売っていた引き込み食品売り場。おばさん、どうも